
電脳屋台村


映画のラスト、北朝鮮の名も知れぬ凍てつくような荒地で、
雪が舞うなか、一人の青年がシャベルで黙々と穴を掘っている。
掘り終えた青年は、側に立つみすぼらしい小屋に入り、貧しい食事の準備にかかる。小屋の隅にベッドがあり、一人の老人が静かに横たわっている。じっとして動かない。
かじかむような冷気のなかで、かすかに漏れる息が瞬間白くなり、まだ生きていることが分かる。それもつかの間、もう、吐息で冷気を白くすることもなくなる。
息子たちからも怪物と言われた金俊平(ビートたけし)の、余りにも静謐すぎる最期だ。一切の音を拒むような、静謐な最期だ。
ここで分かる、青年(俊平が二人目の妾に生ませた息子)が穴を掘っていたのは、俊平の埋葬のためだったのだ。
このラストの静謐さが最大限際立つほどに、金俊平(ビートたけし)の生き様はすさまじい。これほどまでに、自らの欲望を出来うるかぎりの暴力を使ってまでも、成し遂げようとした男がいただろうか。
映画の公式サイトや新聞、雑誌の評論は「家族の絆の物語」といった見方に流れているが、そうではないだろう。原作はともかく、監督の崔洋一は、この破天荒に強欲で暴力的な一人の男の生き様を描きたかっただけなんだと思う。
そして、それは意図していようがいまいが背景の時代を撃っている。
![]()